道しるべ

生きているかぎり待つものは別離(わかれ) そして のがれられぬのは老 病 死 よくよく覚悟しておかねば

別れの悲しみをこえて

お釈迦さまは、ご臨終にあたって、別れをかなしむ弟子の阿難尊者に「阿難よ、嘆くな、悲しむな、すべて愛するものから別れなければならぬと、いつも私は説いたではないか」と、「愛別離苦」のことわりをあらためてさとされました。

蓮如上人は、このきびしい「無常」の現実をさらに「朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり」と示されています。

私たちは、日ごろは他人ごととしか思っていなかった、死というきびしい現実から、私もまた逃れることができないものであることを、そして形あるものすべてたよりにならず、別れていかなければならないことを、知らされます。これは亡き人が、身を持って私に示してくださった最後の教えです。無常であり、限りあるこの「いのち」を、「そまつにするな。こころして生きよ」と、さとしてくださっているのです。

親鸞聖人は、このかけがえのない「いのち」を最大限に生かす道は、ただひとつ、阿弥陀如来の願いをよくよく聞きひらき、お念仏をよろこばせていただき、いのちおわればただちにお浄土に往き生まれて、仏となることだと、教えてくださいました。さきだった人の往かれたお浄土への道を、この私もたどらせていただくところに、別離の悲しみをこえる道が、ひらけてゆくのです。

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