道しるべ

一泊二日の旅はたのしい

しかし永遠に帰れぬ旅もある

油断すべからず

慚愧と歓喜

日ごろから私たちは、南無阿弥陀仏とお念仏をとなえます。では、お念仏をとなえるとは、どういう意味があるのでしょうか。ほかのご宗旨では、多くとなえるほど功徳があるというところもありますが、浄土真宗では数は問題にはなりません。

お念仏をとなえるということは、お念仏にこめられた仏さまの心を聞くということにほかなりません。お念仏をとおして「罪はいかほど深くとも必ずすくう」の、仏の願いにめざめさせられることです。つねに仏の慈愛の中に」生かされている自分であることに、気づかせていただくことです。

同時にまた、仏の願いによびさまされると、自分の愚かなすがたがいっそうよく見えてきます。腹もたてるし、欲もおこすし、うそもつくし、あさましい私であることに気づかされます。

この「あさましい」私を、あさましいままで阿弥陀さまは、まちがいなくすくって下さるのです。なんと、「ありがたい」ことよとよろこぶと同時に、だからこそ、このみ仏のご恩に報いるためにも、懸命に生きなければならないのです。

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