お釈迦さまがご往生をむかえられた時のことです。お弟子たちは、お釈迦さまが亡くなられたら、さてあとは誰をたよりにしたらよいかと心配しました。そのことを気づかれたお釈迦さまは「自らを灯明とし、自らをたよりとして他をたよりとせず、法を灯明とし、法をたよりとして他のものをたよりとせず生きよ」(涅槃経)と語られました。これが「自灯明、法灯明」の教えです。
とかく私たちは、人の言ったことに左右されがちです。とくに権威ある人の言葉に追随しがちです。その方が安易だからです。しかし、結局、「信用していたのにだまされた」ということがしばしばです。人間が人間を信じるということは危険をともなうことなのです。だから、人の言葉を鵜呑みにするのではなく、何が正しいかを見定めることのできる自分を確立せよということを、「自らを灯明とせよ」と教えられたのです。
それでは、私たちは何を根拠に正しいと判断すればよいのでしょうか。それを「法を灯明とせよ」と教えられたのです。法とは、物ごとの本当のあり方のことです。たとえば、すべてのものは変化し、永久に続くものではありません。この事実が無常という真理なのです。この疑いようのない真理を法といいます。
このことは誰でも認める真理ですが、この明白な事実でも、自分自身のこととなると素直に認めようとはしません。他人は死んでも自分はいつまでも元気でいると思っています。これが迷いなのです。自分jだけは例外だと無意識に思いこんでる誤りに気づき、迷いから抜け出すには、この法に根拠をおき、法に教えられ、自分自身が目覚めるよりほかに道はないのです。そこを「自灯明、法灯明」と教えられました。
二月二十五日はこの説かれた涅槃会(お釈迦さまの命日)なのです。