厄払いほど自分勝手なものはない
自分が見えないかぎり厄はなくならない
雑阿含経に、托鉢に来られたお釈迦さまに、ひとりの男がつめよるようにいいました。
「修行者よ、私は田を耕し種をまいて食をえている。あなたも自分で耕し、食をえてはどうか」
すると、お釈迦さまは
「私も耕し、種をまいている」
と、答えられた。男はおどろき、
「しかし、私たちはだれもあなたが耕したり、種をまいているのを見たことがありません。あなたの鋤はどこにありますか。牛はどこにいるのですか。どんな種をまいているのですか。」
すると、お釈迦さまは
「わたしの耕しているのは、人びとの心の荒地です」
と答えられたといいます。
生きるためには食べねばなりません。食べるためには耕して働かねばなりません。おかげで科学や技術は進歩し、生活もみちがえるほど便利になりました。ではこれで、みんな幸せになったかというと、必ずしもそうではありません。なにかに追われるようにあくせくし、いらいらし、心はひからびて、とげとげしくなってゆくようです。財産があるゆえに、争いが生ずることもしばしばです。
それは、つまるところ「心の田」を耕すことを忘れてきたからではないでしょうか。こころは形もなく目には見えないので、とかくおろそかにされがちです。しかし、耕さずに放っておくと、荒れるものであることに気づかねばなりません。今年も仏法を聞いて、心を深くたがやしたいものです。