道しるべ

老人病院で、介護を仕事としています。

何人もの人が亡くなりました。

そのたびに考えます。

どこへ行くのかと。

そして、この私もと…。

命日について

故人が亡くなられた日を命日といいます。毎月めぐってくるこの日を、月命日(月忌)といいます。忌とは「いむ」とか、「つつしむ」という意味で、この日は肉類を食べる事をいみ、身をつつしんできました。

ところで、命日はもともと「捨命日」とか「過命日」といわれ、それがいつしか「捨てる」「過ぎる」が略されて、命日になったという説があります。そうしますと、命日は故人が命を捨てた日であり、私の命もまた日々に過ぎ去りつつあることを自覚し、あらためて人生無常のことわりにめざめて、この日を縁として、仏法にふれる機会としてゆきたいものです。

考えてみますと、私たちは、命の尊さとか大切さを、口にするほど感じていません。ついつい生きているのが、至極あたりまえのように思いこんでいます。そんな私に「いつまでもある命ではないぞ」、「今も今もとどまることなく去りつつある命だぞ」と、命のありよう、命のありがたさを気づかせるために、亡き人が設けてくださったご縁が命日なのだと考えられます。故人の命日は、私にとっても「いのちの日」であるわけです。

大切な肉親の死を、ただ悲しむだけでなく、毎月の命日をとおして、ほんとうのありようを、仏法に聞いて味わいたいものです。

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