流れる水は くさらないが たまり水は くさってゆく
いつも新しい流れを いのちの中に 引きこもう
先進国に共通する一つの特徴は、出口の見えない「行きづまり」現象といわれる。敗戦後ひたすら復興と成長をとげ、アジアでいちはやく先進国の仲間入りをした日本も、今やその例外ではない。
ものごとは、一定の豊かさを達成すると、やがて停滞と退廃の時期をむかえる。かつて昭和のはじめ大不況の時代があった。大学は出たけれど職がなく、失業者はあふれ、どことなく今の時代と似た雰囲気がある。介護保険が声高にいわれればいわれるほど、老人のかた身はせまく、自信にあふれていいはずの中高年は、リストラにおびやかされ、信用していた大手銀行さえも破たんするしまつである。
経済が停滞すれば、とうぜん政策の選択肢も少なくなるから、どの政党も似たりよったり、節操もなくついたり離れたり、その上、あいもかわらぬ政治家や官僚の汚職、あとを絶たぬサギ宗教の横行、記憶力偏重の学校教育、どこを向いても「おもしろくない」時代なのである。
若者たちは大人社会に愛想をつかし、自分たちだけの「別世界」を望むようになる。もしこんな時、若者たちの出番をあおる宗教や、若者の努力次第ですぐに理想社会が実現できると約束するリーダー(指導者・教祖)がおれば、多くの若者が惹かれてゆくのも自然のなりゆきかもしれない。
急ぐべきは、生き甲斐としての労働を若者に提供し、障害や老齢の人に安心出来る社会へと、あらゆる仕くみをみんなで改革してゆくことだ。
浅見定雄著「なぜカルト宗教は生まれるのか」参考