よき人はあやしきことを語らず
兼好法師
またしても、おぞましいミイラ状死体の発見、人はなぜにこのような集団にひかれるのか。
カルトと呼ばれる集団が、私たちの耳目を驚かすようになってからずいぶんたつ。統一教会、エホバの証人、オウム真理教等々きりがない。いずれも自称、釈迦やキリストの生まれかわり、神や天の意志の伝達者、超能力者と称する独善者の、意のままにあやつられる大小の集団があとをたたない。
カルトというのは、今はやりのカルチャー〈文化〉のもとのことばで、のちには「神々への崇拝」とも解されるようになった。たとえば、子供たちが野球のイチロウ選手を崇拝すれば、これを「イチロウ、カルト」といってもいいわけである。しかし最近では、特に破壊的宗教集団のことだけを、カルトと呼ぶ例がふえている。
人にはみな、誰からも傷つけられない権利がある。傷つけられるということの中には、金を奪われることから、精神や身体の健康がそこなわれ、通常の生活を狂わされることまでふくまれる。そして、私以外の人もみなそうだから、相手の納得なしに、精神的にも肉体的にも経済的にも、傷つける権利は誰にもない。この原則を侵すものを「破壊的」というのである。これはやがて一家庭にとどまらず、社会をも破壊してゆくのである。ダマすのも、ダマされるのも、いいかげんにしろ、といいたい。
浅見定雄先生の教示による