仏教は、マイナスからの発想です。
生まれいずること、老いてゆくこと。これだけは、どんなに科学が発達しようとも人間にとって変わらぬ真実である、と考える。
つまり、死から生を考える。
病は人間の同伴者だと認める。
そして死を無理に遠ざけない。
五木 寛之
(仏法とは、仏さまの真理にかなったおしえのこと)
「礼讃文」に「人身うけがたし。今すでにうく。仏法聞きがたし。今すでに聞く」とあります。今年もまた有縁の方々とともに、仏前にておつとめし、新年をむかえさせていただくことは、まことにめでたいことであります。
しかし、いつもこのようにうまくゆくわけではありません。あらためて、いのちに限りのあることを思い知るべきであります。もっとも、歳をかさねるということは、それだけ多くの悲しみや苦しみに出会うことでもありますから、いよいよ仏法のご縁にあって、お育てをうけることが大切です。
法然さまは「この世は念仏の申されるようにすごしなさい」といわれています。ともすれば、私たちは世間の仕事、つまり衣・食・住が第一と考えています。たしかにそうです。ですが、どんな綺麗な衣装に身をつつんで、美味しいものを食べ、豪邸に住んでみても、老いと病には勝てず、死をまぬがれることはできません。ましてや、いずれ去りゆくもの、亡びゆくものにこの世のおごりをつくしてみても、かえってむなしいばかりではありませんか。
まず仏法が第一、世間はこのつぎと、意識(常識)をいっぺんひっくりかえしてみてはいかがでしょうか。あたりまえと見すごしてきたものが、この上もない宝ものと見えてくるはずです。仏法は宝ものがそこににもここにもあることを発見させてくれます。発見する智慧の眼を、今年こそはいただきましょう。