散ると見えたは凡夫の眼
木の葉は大地に還るなり
今年は例年になく、またたくうちに過ぎた思いがする。昨年の春から、本堂解体大修理を思いたって、専門家の意見を聞いたり、各地の寺院を見学するやら、ご門徒の理解と協力を求めて、右往左往ばかりしたような気がする。
「ようよう腰が上がったかな。わしゃあ四十年前にこのことを提言したことがある。あん時は時期も悪かったが、とりおうてもらえなんだ。この度の見込みはどうかな?悪戦苦闘しとるて?そりゃそうや。当たり前のことや。難儀するのがいややったら止めさえすりゃいいことや。話は簡単や。じゃが男がいっぺんやろういうて公言したからには、とことんやってみなんせ。な、ご門徒の力をかりたら出来んことない。わしゃあ歳とって、これちゅうお手伝いはようせんが、今生の仕納め、決まったことだけはするぞな。今から寄付帳につけといて下さんせ。ご院家さんがんばってや。死んだご院家も応援してなはるぞな。ナンマンダブツ ナンマンダブツ……」
「それからな、大ごとする時にゃ離れてゆく門徒も出てくる。けどな、悪う思たらいかんぞな。親鸞さまもおっしゃってある。《つくべき縁あればともない。はなるべき縁あればはなるる……》と。ご縁がなかったじゃなあと思うて、愚痴はいわんことや。今日はわしが説教した。時にはよかろ。ハハハ……ナンマンダブツ………。」
こんなこともありました。