道しるべ

なにもかも取られて南無阿弥陀仏

なにもかもめぐまれて南無阿弥陀仏

けずり取る

「西洋と東洋の彫刻の違いを一口でいえば、西洋の彫刻はつみ重ねて形を造りあげるのに対して、東洋の彫刻は、けずり取って形をほり出して造ることにある」と。これは大仏師、松久朋琳(明治34生)のまことに示唆に富むことばである。

この違いはたんに造形だけのことではない。西洋と東洋の文化そのものの違い、したがって西洋人と東洋人の心や生き方の違いをもいい当てているようである。不必要なものをけずり取る「省略」の文化が、能や水墨画や茶室に代表される「わび」とか「さび」とかいわれるものをつくり出したのであろう。

竜安寺は石庭で有名な寺である。海原をあらわすといわれる白砂の中に、ただ石が点々と配置されているだけで、外には何もないただそれだけの庭である。方丈の縁に座って、どれほど眼をこらして沈思黙考してみても、ただそれだけの庭である。けずり取りけずり取られて、ただこれだけになりましたとでも言いたげな、ぎりぎりのすがたをさらけだしている庭とも見える。

人生とても同じことではないのか。ぎりぎりのところを言えば、起きて食うて寝て死ぬ。それだけのことではないのか。

今頃私たちは、つまずく程多くのものを持ちすぎている。ここらで身軽くなる工夫をすることが必要であろう。

↑このページのトップに戻る