道しるべ

出典:高僧和讃

生死の苦海ほとりなし ひさしくしずめる われらをば 弥陀弘誓のふねのみぞ のせてかならずわたしける

報恩講3

浄土真宗の伝統の仏事と言えば、それは報恩講である。

弘長2年(1262)11月28日、親鸞さまがなくなられると、聖人をしたう人たちが、毎年その命日に京の聖人の墓前に各地からつどうようになった。やがて、聖人の御影(ごえい)を安置した廟堂もたてられ、33回忌のころには、すっかり報恩講として定着するようになった。一体なにがこうまで聖人をしたわせたのであろうか。

その要因はいろいろあろうが、一つは出家の人のためにあった仏教を、われら在家のもののためにこそあると、聖人によってはじめて聞くことが出来たからである。在家とは妻子をともない、海、山、川でえものをとり、あきない、奉公するくらしである。疫病、飢饉、戦乱の中では、だましもし、うそもつき、ことによっては殺生もする。どこにも救いのない苦海である。そこへ聖人はとびこんで、その人をこそ救ってくださる仏ましますことを、説き聞かせてくださった。

そのご恩がわすれられず、年に一度つどうたのである。

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