道しるべ

その言行、己より賢れる者はもって師とすべし。

なんぞ常の師あらんや。天地これ師なり。

事物これ師なり。

山鹿素行 

*常の師・・・特定の師、先生のこと

仏心、ほとけさまのおこころ

ほとけさまのこころを一口で言えば「大慈悲」です。慈とは、人にまことのしあわせを与えようとする心、悲とは、人の悲しみや悩みを取り除こうとするこころであるといわれます。そのためには、まず自分自身に対してと同じように、心から他の人の気持ちがわからなければなりません。ですから、慈悲は「人の悲しみをわが悲しみとし、人の喜びをわが喜びとする心」だとも言われるのです。

このような慈悲のこころを、人間はなかなか持つことができません。私たちはいつも自分に都合のいいようにという自己中心的なこころが、はたらいているからです。ただ、母親の我が子に対する気持ちは特別です。自分のことは忘れて我が子のしあわせを願います。しかし、その心も残念ながら他人の子供にまでは及びません。このような限りのある人間の慈悲に対して、仏さまの慈悲は、あらゆる人々に対し、限りのない平等の慈しみのこころです。

この「大慈悲心」から仏さまは、私たちが早く迷いの現在に気づき、真実の世界に目覚めてゆくことを、願いつづけておられるのです。親鸞さまは、そのような仏心の親心に気づかれ、阿弥陀さまはこんな愚かな私ひとりを救うために、大悲の願いたてられたのだと味われ、「ひとえに親鸞一人がためなり」とよろこばれました。

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