道しるべ

本当の正しい豊かな教えがあるのに、わき目も振らずに通り過ぎる人に、『ごらんなさい』と声をかけること、それが私の果たすべき仕事だと決心しています。

第38回仏教伝道文化賞をうけて 作家 五木 寛之

祈るということ

「あとはただ神に祈るだけです。ご覧のみなさんも祈ってください」

父急病の発見、緊急入院、おしかけた報道陣に語る息子一茂氏は落ち着いていた。語ったこの言葉の一節も本音であったろう。だがこの夜のスポーツニュースで、NHK、民放のある社がこの一茂氏の映像を流したあと、「私も祈っています」ととってつけたように言ったのには、がっかりしてしまった。

いったい神といってもいちようではない。イスラム、キリスト、ユダヤ、ヒンズー、日本古来の八百万の神もおられる。祈る形式も十字を切ったり、水を浴びたり、五体投地といって大地に身を投げ出すのもある。このアナウンサーは、どの神にどんな形でなんと言って祈るのだろうか。でまかせもいいところ、あきれてしまった。

私たちは「祈る」ということをあまりに安易に使いすぎはしないか。「ご冥福を祈ります」などと十把ひとからげに人の死を片づけるが、キミはほんとに祈ったことがあるのか。神や仏をダシにつかってはあいすまないと思う。

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