道しるべ

子の母をおもふがごとくにて衆生仏を憶すれば 現前当来とほからず如来を拝見うたがはず

親鸞聖人

子供が母をおもうように、仏さまをおもうて念仏もうせば、その時すでにみ仏は、そなたの前に来てまします。あなたの中に入りまします。

お念仏のこころ

赤ちゃんを抱いている母さんの姿ほど、心やすらぐものはありません。お母さんは抱いた子にたえず語りかけながら、乳をのませます。このような愛情にはぐくまれて、人は身も心も育ってゆくのです。

おもえば私もあなたも、ものごころつかぬうちから、「私があなたの母ちゃんよ、母ちゃんとよんでごらん」の呼びかけの中で育ってきました。ですから、なにかことがあればつい「母ちゃん!」と母を呼ばずにおれぬのです。ときには、「お母さん」と母の名を呼びながら、人生の苦難を越えてゆくこともあるのです。

七高僧の一人、源信僧都は、仏さまをおがまれて「極大慈悲母」−この上ない大きなお慈悲のお母さん−と、つかえられたといいます。まさに「子の母をおもふがごとく・・・」であります。

「南無阿弥陀仏」は、仏さまの私へむけてのよびかけです。「案ずるなよ、われはそなたの親だよ。まかせよ。」の呼びかけです。私たちはその呼びかけに、母に呼ばれて子供が「母ちゃん」とい呼ぶがごとく、安心して「ナムアミダブツ」と応えるのです。

したがってお念仏は、仏と私との呼応のひびきです。老、病、死のわずらい多い人生を、仏に呼ばれ仏を呼びつしながらすごすのが念仏生活です。ここを「念仏成仏これ真宗」とも、親鸞さまはもうされています。

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