生き方が問われています。異常な出来事が日常的となった今、どこに立って生きるかということです。
それを親鸞さまに聞きましょう。
私たちは、自分に都合のよいように判断しがちです。そのため、ものの真実の姿を誤って見ている場合がほとんどです。それが間違いの元となります。
お釈迦さまは、そのことを如実に智見すること、つまり、ものごとをありのままに見ることが大切であると教えられました。ありのままにものを見ること、それが「智慧」といわれるのです。仏教のさとりとは、この智慧を得ることです。では、智慧によって見れば世界はどうかわるのでしょうか。
私をふくめすべてのものは変化し、かわっていること、すなわち「無常」であることが知らされます。それがわかった時、いかに今ここにいる私のいのちが、得がたいものであるか、他の一切のいのちも、同じように大切なものであるかが、おのずからなっとくされましょう。
また、すべてのものは縁りあい支えあってなりたっている、すまわち「縁起」の関係にあることがうなずけます。そのことを知ることによって、私はただひとりだけで生きているのではなく、多くのもののおかげによって、生かされている事実に、めざめることができるでしょう。そこに、すべての人びとが、自分だけの利益のために害しあうことのない世界が、見えてきます。
仏教の教えの目的は、私たちの生きてゆく世界が、そのような世界になることなのです。