道しるべ

我や先人やさき、今日ともしらず、明日ともしらず、おくれさきだつ人は、もとのしずく、すえの露よりもしげしといえり。

されば、朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり………。

蓮如上人

いつか別れる

四十五年ぶりの再会であった。

昭和十八年入学の同期生一五〇余名。すでに亡くなったもの三十六名。当日の出席者六十三名。感慨無量であった。

勉強ができたのは最初の一年数ヶ月、その間にも学徒動員で出征したもの二十余名。二年生になると間もなく勤労動員されて神戸川崎製板工場へ、ここで始めての空襲を経験した。十九年も終り頃になると、あいついで軍隊へ、最後は六名で敗戦を迎えたという。それから四十数年がすぎたのである。

受付で名札をもらって胸につける。「やあやあ」声をかけ合って互いの胸の名札を見つめあう。しばし数秒、ぼけていた焦点が少しずつ合ってきて、その先に十八歳の美少年の顔がよみがえってくる。「おう君か。元気か。」病気の後遺症なのであろう、返ってくる返事はたどたどしい。

幹事の案内で講堂の仏前に集合。学友を偲んで追悼の読経。ついで席を移して懇親会となった。旧交あたたまるほどに、ここに一かたまり、かしこに一かたまり旧友膝を接して近況と消息に時のたつのを忘れる。やがて一隅より威勢のいい声が上がった「おい、みんな聞いてくれ。この同期会またやろうじゃないか」「やろうやろう」二年に一度、三年に一度といわず、来年も行うことに衆議は一決した。それは、楽しいことは何度でもというより、いつ会えなくなるかも知れぬという思いがあったからである。まことに、今日とも明日ともしれぬいのちなのである。

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