出典:歎異抄親鸞は 弟子一人ももたず
郷土出身の八人目の首相が誕生した。首相になるにはまず所属の政党の代表・総裁に選ばれねばならぬ。それらは議員、党員の選挙によってきまる。そのためには票を一票でも多く取ることが必要だ。つまり数の力が決定するということだ。
進学校の名をあげるには、一人でも多く有名大学に合格させることだ。有名大学になるには、優秀な受験生を以下に多く集めるかによる。教授の任期も受講生の多少によってきまる。
「門弟3千人」といって、弟子を多くもつことが優れた先生とされてきた。ここでも数がものをいうのである。
私たちは少しでも多く自分の所有にしたがるようである。名誉、財産はいうまでもなく、命もひたすら長いことを求める。そうでないと不安で、おちつかないのである。その結果、持ちすぎてかえって悩んでいはしないだろうか。弟子の奪いあいさえあった当時、「弟子一人ももたず」のなんとすがすがしいことことか。
「人間50を過ぎたら、放す稽古をするがよい」と教えてくれた先輩がいた。今の時代五十は早すぎると思われるかも知れぬが、よくよく考えてみると、いつか離れてゆくものばかりを持ちすぎているようだ。
報恩講で、こんなことも聞いてみたい。